持家というステイタス

以前、「家なんて原野に掘っ立て小屋でいい」、というようなニュアンスで記事を書いた。

だが、「最小限しか働かず、最小限しか消費しない自由人生活をする」というのは、なにも北の国からの五郎のような「電気も水道もない掘っ立て小屋での自給自足生活をする」と言っているのではない。頂戴するメールを読むと、誤解している人がいるようだ。

もちろん、そうした生き方が好きな人はより低コストで生活できるだろうから羨ましいが、少なくとも私には無理だ。

風呂は毎日入りたいし、トイレはウォシュレットが良いし、近くにスーパーや病院も欲しい。電気や下水道の設備がないのは嫌だし、地域の付き合いが濃い田舎に住むのも嫌だ。加えて大の虫嫌いなので、自給自足も厳しいし、山奥での生活も無理だろう。そうなると、下記の条件は必須だ。

条件1 病院、図書館、買い物に便利な立地
条件2 電気、水道は必要
条件3 低価格(ローンは組まずに現金払い)

上記の条件を満たすのは都市部に近い(もしくは隣の)郊外となる。

さて、私の行った探し方だが、まずは不動産の検索サイトで、「一戸建て住宅」ではなく「土地」を探す。具体的には、写真を見ながら、家が立っているのに「土地」として売り出されている物件を探すのだ。つまり、築数十年経って不動産価値のない、古家、上モノ有の土地だ。何十年モノの家であろうと、百万都市や政令指定都市隣接の郊外で人が住んでいた物件であれば、高い確率で「電気、ガス、水道」の設備は保障されている。

上記の物件の価格だが、およそ数十万から数百万の予算があれば、見つかるだろう。たとえば、400万円で古屋と土地を手に入れたとしよう。月2万円の賃貸アパートに住み続けた場合、10年で240万、20年で480万、大家にただ搾取されて終わるだけだ。自分には何も残らない。行くあてもなく追い出されたら、ただのホームレスだ。しかし、自分で手に入れた古屋と土地は何年経ってもなくならない。それどころか、買ったときよりも価値が高くなることすらある。

はっきりいうが、世間は「持家がある」というだけで、その人を見る目が全然違う。カードの審査も通りやすいし、結婚だってしやすい。本当は、持家だってピンからキリまであるわけだが、バカらしいほど「持家がある」というだけで人間として信用されるようになる。ノマドやフリーランス、自営で(○○社の○○ですのような)社会的立場の確立されていない人間にとって、持家のアドバンテージはとくにおいしいということも覚えておくべきだろう。

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posted by nonnco at 15:32 | 不動産購入 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする